こじんじょうほう

ここでは普通の話しかしません

Gimme some magnesium

ゆうべはこむらが来て泊まっていったのだ。

こむらとの付き合いは、なんだかんだで40年近くになる。腐れ縁と言ってしまえばそれまでかもしれない。ベタベタに仲が良いわけでもバチバチに憎しみ合っているわけでもなく、つかず離れずのなあなあな関係性のまま今日まで一緒に歩みを進めてきた。

こむらとの関係は「歩調が合う」とでも言えばいいのだろうか。僕が右足を前に出せば、こむらも右足で踏み出す。左足を出せば、こむらもそうする。一緒に歩いていて楽しいし、そういう意味では頼りになるやつだなと、僕は勝手に思っている。向こうがどう思っているかは知らないけれど。

午前7時、目覚まし代わりのいつもの音楽がスマホから流れ出し、徐々にボリュームを上げていく。The Sun Daysの"Busy People"だ。きっとアーティスト自身も意図していないであろう、休日なんだか労働日なんだかよくわからなくなる名前の組み合わせが気に入って(在宅勤務という状況にも不思議としっくりくる)アラームに設定したのだが、どんなに良いと思う曲でも毎日目覚めのたびに聴き続けると「眠りの快楽を強制中断する音」としての刷り込みが行われて嫌いになってしまう。そこの折り合いをどうつけるかが今後の課題になっていくんだと思う。

アラームを止め、ゆっくり体を起こす横で、こむらが先に起きている気配を感じた。左足が布団からはみ出している。眼鏡を外しているせいで、表情まではよく見えない。

「おはよう」

「ああ」

「やけに早いな」

「うまく眠れなくてさ」

「ずっと起きてたのか?」

「いや、寝たよ。横になって、目を閉じて…目は閉じるんだけど、閉じてるだけっていうか」

「なんだよそれ」

「だめだ、うまく言えないな。忘れてくれ」

こむらはそう言って少し笑った。こむらの肩が揺れてそう見えたのだが、本当は縮こまって震えていたのかもしれない。この時点で気づいてやることは十分できたはずだった。膝を曲げてみるとか…だけど、今となってはもう遅い。すべては仮定の話でしかない。

「始発、もう動いてるよな」

「まあそりゃ、だって7時だもん」

「だよな」

「なあ」

「うん」

「今日、なんか変だぜ、おまえ」

「そうかな」

短いくせに間をもたせられない不器用な沈黙。部屋の中はこんなにも静かなのに、心臓の音だけが聞こえない。かわりに、ふくらはぎが脈拍に似たものを感じ取っていた。嫌な予感がした。嫌だ、嫌だ。返ってほしくない。普段はなんとも思っていないくせに、こむらと別れたくない気持ちが急激に込み上げてきた。

「こむら」

「ごめん。やっぱり返るよ」

「おい」

「返る場所があるからさ」

「どうして。ずっとここにいればいいよ」

「それじゃ駄目なんだ、そろそろ返らないと」

「こむら…」

「楽しかったよ。また遊ぼうな」

「待ってくれ! こむら! 返らないで! ああああああ!!!」

激痛、そして強制的な起床。膝を抱えた姿勢のまま尾てい骨を回転軸にした数秒間のダンス・パフォーマンス。

最悪の、朝が来た。