こじんじょうほう

ここでは普通の話しかしません

円盤を投げる

大人の遊びとは、夜のキャバレーに繰り出すことでもなければ真っ昼間から焼酎を呑むことでもなく、休日の午前に荒川のほとりでフリスビーを投げ合うことだった。そんなことは学校で習わなかったし、40年近く生きてきて誰も教えてはくれなかった。まだまだ世の中には知らないことが多くある。

 

ましてや体育とも体育会系とも無縁にここまでやって来た僕だ。なまじ上背があるものだからスポーツができると思われているが、体力測定のハンドボール投げでは5メートルという学年最低記録を叩き出し、バスケットボールの授業ではお前はボール追いかけなくていいからゴール前でバンザイしながら小刻みに跳んでろと命じられ、バレーボールの授業ではサーブが相手コートに到達しただけで「話が違うぞ!」という罵声が相手側から飛び、唯一喝采を浴びたのはドッジボールの授業で50分間一度たりともボールに触らず最後まで逃げ続けた時くらいである。本来dodgeは「避ける」という意味だから避けるのが上手かった辻本に皆で拍手を送ろう!と言ってくれた教師のフォローには涙ぐましいものを感じたが、翌日以降しばらくの間あだ名はヨケモトになった。

以来、スポーツの類だとか野外で体を動かすのは苦手になり、まれに誘われても何かと理由をつけて断ってきたのだけど、どうして今回は行く気になったのかといえば「人選が魅力的だった」ことに尽きるだろう。

はじめに声をかけてくれたのは、ほぼひと回りくらい歳の離れた友人のK君だった。めっぽうな読書家で、かつて演劇をやっており、いまもやっている。既婚者で、K君は自分の奥さんのことを「奥さん」と呼ぶ。僕が昔テレビで見て好きだった『くらげが眠るまで』という二人芝居で、イッセー尾形が妻役である永作博美を二人称で「奥さん」と呼んでおり、その偶然の(かどうかはわからない、なにしろK君は「めっぽうな読書家」だから知っていた可能性もある)一致を微笑ましく思っている。

そんなK君から「奥さんたちとフリスビーを投げるので一緒に来ませんか」という誘いを受けた。《奥さんたちと》《フリスビーを投げる》。主語と述語をランダムに繋ぎ合わせたように耳慣れないパワーワードに心惹かれつつも先約があって行けずじまいになっていたのを、あまりに楽しかったのでもう一度投げますがどうでしょう、他にも知ってる人いっぱい来ます、と2週間ぶりに誘われ、それならばとノコノコ出かけて行ったのだ。

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さて、どこで待ち合わせしよう?と尋ねて「このあたりです」と送り返されてきた指定集合場所には、名前がついていなかった。GoogleMap上に緯度と経度のみでプロットされた「その地点」は、航空写真モードにしてみるまでもなく紛う事なき立派な河川敷で、K君の姿を探して川べりの道を歩いていると、20メートルほど離れた場所から不思議そうな顔でこちらを見ている人と目が合った。Sさんだった。

「えっ辻本さん?なんでここに?」
「あー…ちょっと人と待ち合わせしてて。Sさんは?」
「私は先輩に河原でフリスビーをやるから来てくれって…」
「あ、それです、それ」
「ええ!?」

SさんはK君が学生時代に所属していた演劇サークルの後輩にあたる人物で、僕とも何度か面識があり、制作もしているため劇場では「よく会いますね」などと言い合う仲である。とはいえ劇場以外、しかも荒川土手での遭遇はこれが初めてで、戸惑うのも無理はない。

小春日和の模範回答みたいな陽気のもと、あたりいちめんシロツメクサが生い茂る河川敷にK君ともう一人、これまた別の演劇サークルに在籍していたTさんが先に到着していた(そういえば年齢や世代を超えた付き合いのせいか、彼ら同士がお互い何年先輩とか後輩とか、ほとんど気にならないし聞いてもすぐに忘れてしまう)。K君の奥さんは今日は留守番とのことで欠席だった。

「これで全員?」
「Aさんが起きられたら来るって言ってたけど今のところ既読ついてなくて、あとH君が1時間くらい遅れるって」
「H君もいるんだ。会うの何年ぶりだろう」
「あの、すいません初めまして…ですよね? Sと申します」
「ああどうも、Tです」
「そっか、ここ初対面なんだ」
「いやなんとなくは知ってたと思うんですけど、ちゃんとお会いするのは」
「じゃあ、始めますか」

挨拶もそこそこにフリスビー投げは始まり、荷物を置いたレジャーシートから離れすぎない程度に皆なんとなく円形に広がる。ほんの2週間前にフリスビーを購入したばかりのK君を含め、集まった中にフリスビーが得意だとか、部活に入っていたとか、大会で惜しいところまで行ったとかいうような者は一人もおらず、全員もれなく初心者で、そして全員おそらくアウトドアスポーツが苦手なタイプであった。なんでこのメンツが集まったんだろうね、と思いながら、投げる。取り損ねて追いかける。拾って、投げる。見当違いの方角へ飛んで行って走る。また投げる。ちっとも飛距離が出ずに4人の円の中央に落ちる。などを繰り返す。気がつけば軽く2時間が経過していた。普段運動をしないツケで足には随分と疲れが来ていたけど、連日悩まされている肩凝りと腰痛はフリスビーの間は感じず、むしろ快方へと向かっていた。

思うに僕はスポーツよりも「スポーツをやらされる環境」が苦手だったのかもしれない。失点などでチームに迷惑をかけないよう立ち回ったり、苦しい練習を耐え抜いたり、下手だと笑われ馬鹿にされる環境が。この日の河川敷フリスビーはどこまでいっても個人競技でしかないから迷惑をかけるのもかけられるのも自分だけだし、そこに「下手な他人を笑えるほど上手なやつ」もいなければ、それを笑ったところで何も得るものがないという確固たる空気があった。しかもわれわれはフリスビーの上達すら目的としておらず、投げたいから投げているだけなので他人と技術を比べる意味が最初から存在しないのだった。途中で疲れたらホイッスルを鳴らしたり「タイム」のサインを出すこともなく、黙って輪から離れ水分補給をする。授業でも試合でもないから、休むのに誰の許可もいらないのだ。と同時にそうか、だからこの人たちとは負い目や引け目を感じることなく一緒にいられるのだ、とも気がついた。

フリスビーを片付けながら近況報告を含む雑談を交わし、そのまま全員で河川敷から歩いて15分くらいにあるK君宅へとお邪魔して、午飯に自家製ミートソースパスタまでご馳走になった。K君の演劇サークルの同期が結婚し、その披露宴で使うために編集した映像があるという話になり、同じサークルで仲の良かった人たちに混ざって無関係の僕も一緒に映像を見る。赤の他人の結婚祝いの映像なんて面白くもなんともないと世間では思われているけれど実際そんなことはなくて、直接は知らないその人への、この映像のために惜しまず掛けられた手間暇から垣間見える人間性と関係性にすっかり心を鷲掴みにされながら、それじゃ僕はここら辺で食い逃げします、と照れ隠しのように言って中座したのだった。

 

日光が眩しくて画面を確認できないまま闇雲に撮ったフリスビーの写真は、帰りの電車で見るとそのほとんどに自分の指がフレームインしていた。