こじんじょうほう

ここでは普通の話しかしません

脱・ノンアルコー生活

平日の昼間は在宅仕事でずっと家に立て籠もっていることが多く、ときどき休憩や食事のため外へ出るとはいえ大抵1時間以内には戻らなきゃいけない。18時を過ぎれば自由がきくようになるけど、やん坊だかまー防だかの転機でもあるし、あんまり積極的に夜の街へ出て行きたいと思わない。必然的に、書き物をしたり調べ物をしたり本読んだり動画を見たり、仕事が終わったあとも机に向かって過ごすことになる。

そんなわけで1週間のうち少なくとも7分の5は起きて寝るまでずっと椅子に縛りつけられることになるわけで、腰が無事で済むはずもない。低反発クッションを敷いてみたり、誰とも会わないからこその特権でズタボロのジャージを2枚重ね履きして底冷えを凌いだりしても根本的な解決には至らない。

そこで土曜日の今日を「ディスプレイを消せ、町へ出ようの日」に制定することとした。ほんとうは原文に倣って「ディスプレイを捨てよ」と言いたかったけど許せ、また週明けにはすぐ使わなくちゃならない。毎週ディスプレイを捨てては買ってを繰り返していたら資産がいくらあっても足りない。ただでさえ資産はわずかなのに。

町へ出る、といっても賑やかな場所は性に合わないし、安全性も低い。歩こう。とにかく歩くことにした。とくべつ目的のない地点をわざわざ目的地に設定して、ひたすらそこへ向かって歩くのだ。さしあたって自宅から直線にして約3km先のワークマンを目指すことにした。場所のチョイスには深い意味も浅い意味もない、たまたま地図上で目が合ったからだ。この小旅行に制限時間も予算もない。疲れたら途中の公園やコンビニで適宜休めばいいし(調べてないけどあるだろう東京なんだし)、美味しそうな店を見かけたら財布と相談しながら入ってもいい。そして無事にワークマンまで辿り着いたらUターンして帰宅する。

朝11時過ぎに部屋を出た。鍵をかけて、階段を降りて…最寄り駅の踏切を抜けるまでの10分強は見慣れた景色が続く。やがて小川にさしかかる。川沿いの、車はたぶん通れないが道路とも遊歩道ともつかぬ微妙な道をてくてく往くと次第に見知らぬ風景が広がりはじめる。

気温がちょうどよくて歩きやすく、なまった足には心地よい刺激があった。より長期的に身体のことを思えばジムに通ったりしたほうがいいのかもしれないが、そういった人々がいう「軽運動」は今の自分にとっては全く軽くなくて、きっとランニングマシーンの上で吐いてしまう。

途中で立ち寄ったブックオフに、ずっと読みたかった泡坂妻夫の「生者と死者~酩探偵ヨギガンジーの透視術」が二冊置いてあり、しかも片方は到底中古品と思えない状態の良さだったので、反射的に二冊とも買ってしまった。全く同じ本を二冊である。何をやってんだとお思いの方は「泡坂妻夫 生者と死者」で検索してみてほしい。「到底中古品と思えない状態の良さ」が何を意味しているのかも、きっと理解してもらえるはずだ。インターネットはそのためにある。

これは川べりの小さな公園で見た、そのまま自己紹介に借用したい文章。

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